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「キミだけですよ、私の思考を狂わせるのは」
そう言って、俺に愛の告白をしたけれど、それって……。
「今はそうかもしれないけれど、別の誰かがもっと明智さんの思考を狂わせたら、どうなんだよ」
明智さんの言葉に嘘はないと確信めいた自信はあるけれど、疑ってかかるのは性分なのだから仕方がない。
真実は、時に自分を傷つけると分かっていても、それでも答えが知りたかった。
俺の推理力が、明智さんにとって気になる存在なのだとしたら。
「工藤新一って、知ってるだろう。東の名探偵」
とある事件で知り合った、高校生探偵だ。
母親は女優で、父親は有名小説家。
両親の血を色濃く受け継いだヤツは、頭も切れるし、顔もいい。
「あと、西の名探偵で服部平次」
これも、とある事件で知り合った。
確か、父親は大阪府警本部長だって言ってたよな。
関西弁でよく喋るヤツだが、コイツも頭が切れる。
「それと、もう一人。白馬探」
ヤツは、警視総監の息子だって聞いたことがある。
実際に会ったことはないけれど、服部がそう言っていた。
外国帰りでキザなヤツとも聞いたけれど、探偵として頭は切れるということだった。
高校生でこれだけ探偵を名乗るヤツがいる。
俺が知らない他の高校生探偵を入れたら、どれだけの数になるのか想像もできない。
明智さんが、推理力と男子高校生ということで興味があるのだったら、今後、俺以外を好きになる可能性だってあるはずだ。
ここは、じっくりと意見を聞いておかなくては。
そう思って、ジッと見詰めていると、相手が深く息を吐き出した。
本当に、どうしようもないという感じに、両手を肩まで挙げて、首を左右に振っている。
何やら、呆れたという表情付きだ。
「何をそんなに心配しているんですか」
「心配じゃなくて、可能性の問題だろう」
「では、キミの可能性を一つずつ潰してあげますから、よく聞いているんですよ」
子供相手に、諭すように言われる。
いささかムッとして、相手の言葉に聞き入った。
「キミが一番最初にあげた、工藤探偵ですが、確かに彼は頭が冴えます。ですが、それだけです。顔は母親譲りでキレイというのかもしれませんが、私には魅力を感じません。次の服部くんも、その次の白馬君も全く同様です」
淡々と告げる内容は、否定ばかり。
でもなぁ。
「平次の親父さんは、大阪府警本部長。白馬ってヤツの親父は警視総監だから、手が出せないとかじゃないだろうな」
工藤の親父もお袋も有名人だ。その点、後ろ盾なんて何もない俺なら、簡単に手が届くと思われたなら癪だ。
「本当に、臆病ですね。キミは」
その台詞、先ほど以上にムカッと腹が立つ。
この言葉一つ取ってみても分かることだが、普段の俺に対する仕打ちは、とても好きな相手にしている態度とは思えない。
なんだって、あんなに子供じみたコトをするのだろうと、こちらが呆れてしまうくらい、大人気ないことも多いのだから。
それを口にすると、相手がフッと微笑んだ。
「だからですよ。キミにだけ大人の仮面が被れないんです」
特別なのだと言外に告げられて、顔が赤くなる。
「でも」
更に言い募ろうとする俺を制して相手が口を開く。
「仮定ではいくらでも可能性を広げられます。ですが、私にとって魅力的に映るのはキミただ一人だけなんです」
真摯に告げる内容に胸が熱く疼く。
この手で、何人の恋人を手に入れたのだろう。
スマートな会話で篭絡し、時に翻弄しては、恋愛を楽しむのだろうか。
「まだ、信じてはもらえませんか」
本心では頷きたい。
アンタの気持ちに嘘偽りはないと、信じて気持ちを受け入れたい。
でも、
お腹を空かせた後の方が、より料理を美味しく味わえることを知っている。
簡単に手に入るものは、アッサリと捨てられるだろう。
ならば、
「もう少し、もう少しだけ。このままの関係でいさせて欲しい」
恋愛経験のない男子高校生の駆け引きなんて、傍からみたら滑稽そのものだ。
確かに、明智さんの言うとおり、俺は臆病なのだろう。
好きな相手のことを信じることさえ出来ないのだから。
この言葉に頷きつつ、こちらの表情を窺いなから相手が話しを続ける。
「大事なモノを失うのが怖いのですか」
大事なものって何を指すのだろう。
いろいろとあって、一つに限定できない。
「その答えは、とてもシンプルなものだと思いますよ」
こちらの考えを読むように明智さんが、言葉をつなげた。
大事なものが分からないことが、不安で仕方がない。
ただ一つ分かるのは
「好物でも、毎回食べると飽きるだろう」
そうか、俺はいつかこの人に捨てられるということが怖いのか。
自分の言った台詞から、不安な気持ちへの回答を得る。
「だから、食べ飽きない工夫をするんですよ」
何の脈絡もない言葉に、アッサリとした返事。
その味気なさが、不満として俺の口を滑らせる。
「それって、あまり食べないようにするとか。他のものを食べて気を紛らわすとかだろう」
飽きられて距離を置かれたり、他の人と比べられたりするのは、たまらなく嫌だ。
そんなことをされるくらいなら、最初から何も無い方がいい。
「違いますよ。料理法を変えたりして、いろいろ趣向を凝らすんですよ。創意工夫している内に更なる美味しさを引き立てることが出来たら、最高に幸せを感じられると思いますよ」
そうだろうか。
「ただし、これには絶対の条件があるんです」
何だろう。
「食材だけでも美味しく食べられますが、調理人も食材の更なる魅力を引き出そうと努力しなければ、どんな料理も味を引き立てることはできません。ですから、ぜひ二人で作ってみませんか。飽きることのない料理を」
なんだか、それって。
「調理の話だよな」
「日常生活、ご飯あっての日々ですからね」
なんていうか。
上手く煙に撒かれたような、しっかりと回答を得たような、微妙な感じだ。
でも、気分は悪くない。
「美味しい料理を作ってくれよ」
「任せてください。腕によりをかけますから。ご安心を」
本当に、腕まくりしてニッコリ笑ってやがる。
こういうトコが子供ってぽいっていうか、なんていうか。
これをするのが俺にだけというのなら、いいのかもしれない。
この人と共に歩む未来があっても。
「でも、しばらくはこのままの関係でいような」
俺の提案に、男が笑みを浮かべる。
「あまりお腹を空かせすぎると、ムリヤリ食べてしまうかもしれませんね」
物騒な笑いに顔が引きつる。
「大人だもんな、明智さん。我慢できるだろう」
「いえいえ、キミの前では大人の仮面は被れませんから」
この野郎。
食う気マンマンじゃないか。
さっきのしおらしさは何所に行ったんだ。
駆け引きの難しさを痛感しつつ、実質的な距離をあける為に、俺はソロリと脚を動かした。
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