[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
強風が通り抜ける。
「うわっ、すごい風。これって春一番だよな」
「金田一くん。春一番は、2月中旬に観測されましたよ。
しかも春一番とは、立春と春分の間に吹く強風で、更には・・・」
と、俺の横で喋っている明智さんを放っておいて、前方を歩いていた女の人のスカートがめくれ上がっている様を目で捉える。
うーん、眼福v眼福v春って、最高だね。
「何を、見ているんですか」
冷たい視線と同様の言葉を投げかけられて、俺は自信満々で胸を張って答える。
「男なら、絶対に見るもの」
「バカですか、きみは」
俺の態度に、ワザとらしく溜息を吐き出す明智さんに、俺はおどけて会話を続ける。
「どうして?さては、明智さんかっこつけてて見逃したな。ダメじゃん。こういうチャンスはものにしなきゃ」
「久々に会った恋人に、よくそんなこと言えますね」
「だって、恋人は恋人だけど、女の子も好きなんだからしょうがないじゃん」
よく、男ってやつは、と言われるけれど、仕方ない。
可愛い女の子がいたら、やっぱりフラフラと目線が泳いじゃうんだから。
たとえ、俺の恋人が美人だとしても、悲しい男のサガってやつだよな。
と自分の考えに納得していたら、明智さんが俺の視界ギリギリに入ってきた。
ということは、俺の目の前に顔があるってことで・・・。
「うわっ、ギブギブ」
「何がギブですか」
「アンタ、今、何をするつもりだったんだよ」
慌てて後ろに下がった姿勢で、明智さんに噛みつく。
「久々に会った恋人は、女性の姿に鼻の下を伸ばしていましたから、ここは誰がきみの恋人なのか、身体に教えてあげようと思いまして」
なんでもないことのように言っているが、俺たちがいる場所を分かって言ってる?アンタ。
ココは往来。人が歩いている場所なの。アンタの家でもなければ、屋内でもない、今でも人が横を歩いている場所。
俺たちが立ち止まっているから、通り過ぎる人がわざわざ隅に避けてくれているのに、ところかまわず、行動に出るのは勘弁してくれよ。
そういった気持ちで相手に視線を投げかけると、明智さんが俺の腕を掴んで歩き出した。
「どこ、行くんだよ」
「さて、どこに行きましょうか」
平日の昼下がり。
俺は、春休み中で、明智さんは休日中。
このところ、ずっと屋内で会っていたから、たまには外に出ようという俺の提案に乗って、出かけたけれど、さっきの態度に明智さんは腹を立てたみたいだ。
うーん。所構わず行動するヤツの態度にも問題はあるけれど、それを触発する俺の態度にも問題ありってことかな?
俺に合わせている歩調で、横に並ぶ明智さんを見る。
まだ怒っているのかな?久々に会ったのに、こんなんじゃつまらない。
外に行こうなんて言わなきゃよかった。
そう考えて落ち込んでいたら、急に明智さんが立ち止まった。
「何、どうしたの?」
「何を、飲みますか」
自販機の前で俺に質問する。
冷たい飲み物と温かい飲み物。
まだ春と言えども寒いもんなぁ。
「ココア」
そう言った俺に、お金を入れた後、ボタンを押させる。
明智さんも続けて、温かいココアのボタンを押した。
「アンタもココア?」
珍しい、他の飲み物を選ぶと思ったのに。
「たまには、甘いものもいいでしょう。それに、行きたい場所もこれといってありませんから、このままずっとブラブラと歩いて、キミと話をしていましょうか」
「うん、賛成」
俺も、これといって行きたい場所も見たい場所もない。
ただ、明智さんと、外に出て明るい日差しの中で話したかったから、外に誘い出したことに今気付いた。
俺でも、よく分かってなかったのに、明智さんはそれに気付いてたってこと?
プルタブに指を掛けながら、横目で明智さんを見る。
俺と同じような仕草で、プルタブを開けながら、ココアを一口飲んでいた。
「甘いですね」
「当たり前、ココアなんだから。飲めなかったら、俺が全部飲んでやろうか?」
半分に減った缶を手に持ちながら聞いてやる。
「その時は、お願いします。まずは、キミが全部飲むまで、この缶は持っていますから、行きましょうか」
また、二人で歩き出す。
俺のココアは、あっという間になくなった。
明智さんの缶と交換して、明智さんのココアも飲み干す。
アレ?なんで明智さんココアなんて買ったんだろう。
少ししか飲まないんじゃあ、意味ないだろうに。
空になった缶を持ちながら疑問が頭を過ぎる。
さっきのことで、俺に気を使ったんだろうか?
アレは俺も半分悪いと思っていただけに、なんだか決まりが悪い。
何か話さなくっちゃ、何を話そうか。
そう考えていたら、缶を持っていた手を握られた。
「空き缶を、捨てていきましょう」
先程とは違う自販機の横に、ごみ箱が置いてある。
「うん、奢ってくれてありがとな」
お礼と共に、飲み干した缶を箱に放り投げた。
それからも、二人して黙々と歩く。
俺から何か話題を切り出そうとしても、話が上手く浮かばない。
懸命に話のネタを思い浮かべようとすればするほど、肝心のネタが脳内から遠ざかっていく。
考え込みすぎて意識が内に籠り、注意力が散漫になっていると、路上のあらゆる物や人とぶつかりそうになる。
そんなときは、明智さんが俺の手を取って回避してくれるが、それでも俺たちには会話がない。
だんだん目線が下に俯いてしまって、路肩ばかり見てしまう俺に、明智さんが声をかけてきた。
「何をそんなに項垂れているんです」
「だって・・・、何か喋ろうと思ったけど、何にも話が思い浮かばなかったんだ」
「別に、話さなくてもいいじゃないですか」
その言葉が、頭にカチンときた。
「さっき、話そうって言ってくれたじゃないか」
だから、何を話そうか、真剣に悩んでいたというのに。
話さなくてもいいなんて、俺と一緒にいても楽しくないのかな、明智さん。
ますます項垂れて、俺は視線を下に向ける。
「話すのもいいですが、キミと一緒に連れ立って歩くのもいいんですよ」
柔らかく告げる言葉に、俯けていた顔を上げる。
「でも、何も喋らずに歩くのはつまらないよ」
内心で、ずっと思っていたことを口にした。
「そうですね、ではここは春らしく、キミの進路について話でもしますか」
朗らかに言われた内容は、とても辛辣なモノだった。
「どこが、春だ、どこが!」
「ですけれど、この春休みが終われば、キミは高校3年生ですよ。受験シーズン到来じゃないですか」
「うぅ、あまり考えたくないことを」
「逃げていたって仕方ないでしょう。キミは何になりたいのですか」
「三食昼寝付きの生活」
「それはそれは、なかなか優雅な生活ですね」
「だろう」
「そんな生活もできないことはないですけれど、ソレに対して、どんな代償を払うつもりなんですか」
突然、そんなことを言われて、目を瞬いてしまう。
「代償なんているのか?」
「そうでしょう。何もしないで手に入るものなんて無いですからね。それ相応の代償は付くでしょう」
「そんなこと、言ったって・・・」
「まぁ、これはこれで置いとくとして、何か、やりたいことはないんですか、金田一くん」
歩きながら続く会話。
自分が意図した内容ではないものの、こうして話しているのは楽しくて、それを続けるために俺は言われたことを考える。
やりたいことねぇ。
さっき挙げたこと以外に何かあったかなぁ、俺。
「何もない」
「小さい頃の夢みたいなものでも、いいんですよ」
そう言われても、小さい頃は、じっちゃんの助手になるのが夢だったもんなぁ。
それ以外では、銭湯の番台になって、裸の女性覗き放題とか・・・。
これを言うと、また怒り出しそうだぞ、明智さん。
うーん。困った。
そういえば、小さい頃ものすごく謎だったことがあったよな。
大きくなって、その謎も解けたけど、それまでその職業に就いている人は、すごいと思ってたんだよな。
俺がニヤけたのを見て、明智さんが声をかける。
「まさか、銭湯の番台だとか言うんじゃないでしょうね」
おぉ、するどい。でも、俺が今考えていたのは、違うこと。
「ハズレ。そんなこと考えてもないです。俺小さい頃、すごい仕事だと思ってた職業があったんだよ」
「何ですか?」
「天気の予測をする人」
「気象予報士ですか」
「うん。そう。明智さん思わなかった?台風が来る度に、何号とか名前付いていて、去年と全く同じ台風が今年も日本に上陸してくるなんて、すごいなぁって」
無邪気な口調を意識して、そう告げると、明智さんが戸惑った声を上げた。
「ちょっと、待って下さい。台風は最後には、熱帯低気圧か温帯低気圧に変わって消滅するんですよ。同じ号だからといっても、同じ台風ではないでしょう」
「そうなんだよな。俺も大きくなってから知ったんだけど、それまでは、台風○号と名前が付いたのは、ずっとその名前で呼ばれていて、日本を通過して、他の国で猛威を奮いながら、また日本にそのまま戻ってくると思っていたんだ。だから、天気を予報する人は、別の○号と間違えない見分けができると思っていたんだ」
俺がそう言うと、明智さんが肩を震わせて笑っていた。
こんにゃろう。
子供の頃の純粋な俺の言動を笑いやがったな。
俺の視線に気づいたのか、肩の笑いを抑えている。
でも、バレバレなんだよ。
目元がどう見ても、まだ笑ってるって。
「なかなか、楽しい子供時代を過ごしていたんですね。で、今は、気象予報士になりたいですか?」
「うーん。予報って、推理と似てるよな。データを元にして予測をたてたり、その他の情報から、正確な解答を導き出すってとこが」
「まぁ、似てなくもないですね。その気象予測によって、命をかけている人々もいますから」
「うん、そこなんだよな。こんな俺にそんな大任勤まると思う?」
「何事も経験でしょう。尻込みばかりしていたら、どんな未来だって道が塞がってしまいますよ。やってみたい、その心が先の未来に繋がる道だと思います」
「そういうものかな?」
「そういうものです」
そうか、そういうものか。
だったら、やってみようかな。
気象予報士。
子供の頃は、明日の天気なんて、靴を放り投げて占うものだと思っていたけれど、そうじゃないってことは、もう知っている。だから、それと同じように、今の俺ではとても予報士にはなれないということも分かっている。なりたい自分がいるなら、ソレに向かって努力は惜しまずに勉強するしかないってことで・・・。
「結果は出ましたか」
「まぁね」
「まぁ、先は長いですし、また成りたいものが変わる可能性もありますしね、気長に探してみて下さい」
「うん、そうする。でも、こうやって話しができて楽しかったよ」
「最初は呆れましたけどね」
「あぁ、三食昼寝付きってやつ?」
「えぇ、キミがそれを本当に望むのなら、叶えてあげてもいいですよ」
「明智さんが?」
「私以外の誰がいるっていうんですか?」
「他の人がいい」
「誰です、その人は」
「内緒」
そう言うと、俺は走り出した。
明智さんが後ろから追いかけてくる気配を感じる。
この分じゃあ、捕まるのも時間の問題だな。
強い春の風に逆らって、前進する。
俺の体を明智さんが捕まえる。
もう、捕まっちゃった。
でも、いいか。
この人となら、先を見据えて歩いていけそうだ。
そう思って、捕まえられた腕の中に大人しく納まった。
≪ 100. 明金について思うことを好きなだけ語って下さい | | HOME | | 駆け引き ≫ |