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Be with you

 


「8月5日はきみの誕生日ですね。プレゼントは何がいいですか?」

 熱気を孕んだ交わりが終了し、脱力した身体の汗がひきかけた時に、耳元でそう囁かれた。


「覚えていて…くれたんだ。嬉しい」


 俺と同じように横で寝そべっている人の顔を、間近で見つめた。
 いつものメガネは外されており、普段整っている髪はボサボサで前髪が濡れて額に張り付いている。
 先ほどの房事を物語る姿に思わず赤面し、聞かれたことを忘れかける。


「で、何がいいんです?」


 俺の肩口に留まっている髪を梳き上げて聞いてくる。
 その行為を受け入れつつ、何がいいのか考えてみた。


「物は欲しくない」
「では、どこかへ出かけますか?」
「ううん、別にこれといって出かけたい場所もないし」
「では、食事にでも行きましょうか」
「それより…」
「それより?」
「その日は、俺の傍にいて」


 願いを込めて、明智さんに呟いた。

 

 


 こうして肌を重ねたのは、いったいいつだっただろう。
 そんなことさえ俺は忘れかけている。
 メールや電話の通話でコミュニケーションは取れてはいるものの、直接会って話したいし、偶には肌を重ねたい。
 俺の誕生日くらい、わがまま言ってもいいよな。



「ダメかな?」


 期待しつつ、でも、やっぱりダメかもしれないと目を伏せて返事を待つ。


「それだけで、いいんですか?」
「充分なプレゼントだと思うけれど…」


 視線を上げて相手の顔を見た。
 困惑しているような、戸惑っているような、嬉しさとは無縁の表情だ。
 失敗した。こんなこと言わなきゃよかった。
 寝返りをうち、相手に背を向けた。


「どうして、背を向けるんですか」


 肩に手が伸びて、引き寄せられる。


「さっき言ったこと、ナシな。今は思いつかないから、また今度言うよ」


 目頭が熱くなる。閉じた瞳から涙が零れた。


「先ほど、きみが言ったことですが」
「だから、それは…」
「きみが望んでいるプレゼントに対して、私は確実にそれを与えられる保障はできません。仕事が入ればそれを優先してしまいますから。ですが、何事もなければきみと一緒にいると誓います。ズルイ言い方で申し訳ないのですが、それでいいでしょうか」


 不安な表情の相手に向き直って、薄く上下している胸元に顔を埋めた。


「ごめん。ムリ言わせたな、俺」
「私の方こそ、すみません。きみの一番の願いを叶えられなくて」
「いいよ。糠喜びさせられるより、実直に言ってくれた方が楽だから」
「誕生日、一緒に過ごせるといいですね」
「そうだな、何事もなく平和な1日だといいな」


 お互いに微笑みあって、傍にある肌に手を這わせた。

 


        *  *  *

 


「やっぱりな」


 誕生日、当日。
 真夏の茹だるような暑さに、入道雲まで浮かぶ上天気。
 でも、俺の傍に明智さんはいなかった。
 昨日から起きた事件で、まだ仕事中だろう。
 携帯の着信メールが来た時に、そんな予感がしていたから、怒ることもしないで、『がんばれよ』と一言だけ返信をした。
 それから、何も返事がこないということは、まだまだ捜査中なのだろう。
 さて、何をしようかな?空いた1日を有意義に使おうと思ってみても何もすることがないのに気付いた。
 宿題は溜まっているけれど、こんな日にせっせとする気にはなれない。
 どこかに出かけるにも、体力も気力もないし…。

 



 いつの間にか、転寝していたら、夕方になっていた。
 開け放っていた窓から、昼間の熱気を含んだ生暖かい風が入り込む。
 あ~ぁ、1日が終わっちゃったな。
 夕飯後に、母ちゃんが買ってきてくれた、ケーキでも食べて寝るか。
 腹をポリポリと掻きながら、階下にある台所へ向かった。

 


 ふぅ~。飯も食ったし、ケーキも食った。
 ついでにフロも入ったし、歯までキレイに磨いたぞ。
 これで、後は寝るだけ。
 薄暗い自室に入って電気を点け、ベッドにゴロリと横になる。


「無視しないでいただきたいですね」
「あぁ、いたのか、高遠」
「これまた、ずいぶん機嫌がお悪いようで」
「最悪・最低に、気分が悪いんだよ」
「自分の誕生日でしょう」
「だ・か・ら、何?」


 寝ていた上半身を起こして、佇んでいる高遠を見やる。
 こんな気分の時に、目の前に現れるなよ。
 八つ当たりしたくなるじゃないか。


「おまえみたいな犯罪者が、俺の楽しみを奪ったんだよ」
「それは、すみません」
「おまえに謝ってもらっても、何にも嬉しくない」
「そうでしょうね」
「どうして、こんな日くらい大人しくしてくれないんだよ」
「それは、それは」
「全部、おまえが悪いんだからな」
「はい、はい」


 胸の内にあるイライラをすべて目の前の相手にぶつける。
 本当は、こんなこと、コイツに言っても仕方ないと分かっているけれど、一度言葉を口にしたら、堰を切ったように後から後から暴言が吐き出される。
 もう、自分が何を言っているのか分からなくなった頃、高遠が俺に触れてきた。


「触るな」


 掴まれた手を振り払って、拒絶する。
 今度は、全身を抱きしめられた。


「本当に、すみません」
「どうして、おまえが謝るんだよ」
「きみは犯罪者に対して怒っているのでしょう」
「おまえが起こした犯罪じゃないんだろう」
「えぇ」
「だったら、謝るな」
「さっきと違うことを言っていますよ」
「そんなこと無視しろ」
「わかりました」


 明智さんに会えない苛立ちすべてを、ここにいる高遠にぶつけている。
 おまえもいい加減怒れよ。
 俺なんかの勝手な言葉にイチイチ頷くな。
 そう思うものの、こうして話を聞いてもらっていると腹立ちも治まりつつあった。


「ごめんな、勝手なことばかり言って」


 胸元に抱きしめられ、顔が見えない気安さから、素直に謝罪の言葉が出た。


「もう、落ち着きましたか」
「あぁ、もう大丈夫」


 俺を抱きしめていた両腕が背中から離れていく。
 夏の夜特有の蒸し暑い空気の中で抱きしめられていたけれど、あまり暑さを感じなかった。
 それより激昂の方が、部屋の温度よりも勝っていたのかもしれない。
 今更ながら、部屋の暑さを感じる。


「暑い」
「それは、そうでしょう。今は夏ですから」
「で、何しに来たんだよ」
「お祝いに来ました」
「何の?」
「きみの誕生日の」
「あぁ、そう」


 マメなことで。
 敵対関係にある俺のお祝いに来るなんて。
 高遠の誕生日なんて、知らないぞ。


「よく、俺の誕生日なんて知ってるな」
「履歴書に書いてありますよ」
「履歴書って…」
「バイトした時に、提出するでしょう」
「見たのか」
「はい、バッチリ見ました」


 にこやかに笑う高遠に、『どこでそんなもの見たんだよ』と、言ってやりたい気もするけれど、なんだかそんなことはどうだっていい気がした。
 なんで俺の好きな人は、誕生日に傍にいなくて、こいつが俺の傍にいるんだろう。


「おめでとう。今日は誕生日ですね。きみの歳の数だけバラを贈ります」


 そう言ったかと思うと、奴の手の平からバラの花が現れた。それを1本1本目で数えるが…。


「1本足りない」


 両目とも視力のいい俺は、自分の歳の数に足りないバラに気付いた。


「そうですか?よく見て下さい」


顔をバラに近づけて数えたけれど、やはり足りない。


「高遠、おまえ俺の歳を間違えて覚えていないか?」
「そんなことはないですよ。ほら、もう一つのバラはここに咲きます」
「えっ」


 間近に奴の顔が近づいてきて、思わず顔を反らす。
 相手はそれを分かっていたらしく、反らしたことで顕になった首筋に顔を埋めた。
 首筋を強く吸われる痛みと共に奴の髪の毛が肌にかかって、くすぐったさも覚えた。


「やっ、やだ」
「ほら、動かないで。沢山付けないと大輪の花が咲きませんよ」
「そんなの…いらない」


 何度も同じところを強く吸い上げる。
 痛みと共に、覚えのあるシビレが背中を駆け上がってきた。
 嘘だろ、なんで、こんな時に。


「ほら、見事に咲きましたよ」


 首筋から唇が離されて、どこかうっとりとした響きの言葉が耳に届く。


「こんなところに、咲かせるな」
「忘れられない、1輪にしたかったので」


 自分から見えない位置に付けられたであろうところを、手で覆う。


「隠すなんて、もったいない」
「いいだろう。俺からはどうせ見えないんだから」
「見たいですか」
「いい、遠慮する」
「別の場所にも咲かせてあげましょうか?今度はきみもからもはっきり見える場所がいいですね」
「おい、遠慮するって言っているだろう。それに、そんなことしたら、俺もう一つ歳取ったお祝いってことになっちまうだろう」
「この際、いくつの歳のお祝いでもいいじゃないですか」
「よくない!!!」
「困りましたね」
「どっちが困らせているんだよ」


 言い合いながら、徐々に身体がベッドに押し倒されている。
 本気で、また付ける気か、高遠!?
 そう、思って抵抗をしていたら、室内にある音が響いた。
 これって、明智さんからのメール着信の音だ。
 ベッドの端に放っておいた、携帯を取って着信を確かめる。
 流れてきた音楽は…


「愛の歌ですね」


 オルゴールで奏でられる音と共に、送られた文面を見る。


『お誕生日おめでとうございます。これからもずっときみと共にいられますように』

 
 言葉がジワリと胸に染み渡る。
 頬が自然と緩み、目が潤む。


「きみを悲しませるのも、嬉しい気分にさせるのも、全部明智さんですか」


 言いながら俺から高遠が退く。


「あぁ、そうだな」


 携帯からの曲を奏でさせながら微笑んでやる。


「本当に、妬けますよ」
「えっ?」


 それだけ言い残して、窓から高遠が去って行った。
 今思ったけれど、あいつ土足で人の部屋に上がりこみやがったな。
 掃除してから出て行ってくれ。
 ベッドに横になりながら、何度も何度も文面を読み直す。


 七夕の時に書いた、願い事みたいな文面の言葉に、笑い出したくなる。


 いいよ、俺も、あんたと一緒にいたい。


 その気持ちを包み込むように携帯を抱きしめて、部屋の灯りを落とし目を閉じた。

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