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ふと、一服したくなった。
タバコを嗜むほどではないが、偶に吸いたくなる時がある。家に常備はしていないので、買いに行くことにする。夏特有の重く湿った風を受け、近くの自販機で目的のものを手に入れた。このまま帰宅して一服するのもいいが、せっかく外に出たのだからと、近くを散策することにした。
夜半だというのに、街の明かりは一層の輝きを放ち人々を魅了している。それとは正反対の暗がりを探し求めた。熱気を含まない涼しい風が吹き、自然とそちらに足が向かう。気の向くまま歩いて行くと、人気のない河川へと辿り着く。舗装された川べりに置かれているベンチに座り、一服することにした。
頭上の外灯に羽虫が飛び回っていたが、気にせずパッケージを開ける。するとここにきて、ライターを持っていないことに気がついた。そんな自分に呆れつつ、ここまで来たことが気分転換になったはずだと慰める。しばらく、街の灯りを映す川面をボーッと眺めていた。
「あれ、明智さんじゃん」
暗がりから呼ばれた声に反射的に振り向いた。
「金田一くん?」
「そっ、俺」
ここにいるはずのない人物が現れた。 彼の自宅からここはとても散歩で来られる場所ではない。だとしたら、何故ここに彼がいるのだろう。
「きみはいったいここで何をしているんですか」
不審な目で相手を問い詰める。
「いい風が吹くからバイト帰りに寄っただけ。 何だよ、俺が悪さでもしているように見えるのかよ」
憤慨している相手に、今の時間を思い出す。
「かなり遅い時間です。とっとと家に帰りなさい」
「まだ、終電まで少し時間があるから、少しぐらい涼んでもいいだろう」
私に許可を求めるような口調で言われた。
ひんやりとした風が私達の横を通り抜ける。
「明智さん、一服しないの?」
私の手の中に納まっている箱を目ざとく見つけられた。
「生憎、火を忘れまして」
「だったら、ホラ」
使い捨てライターを差し出される。
「どうしてこんなものを持っているんです」
「客がくれた」
いったい、どんな店で働いているのか問い詰めようとする前に、相手が先に口を開いた。
「一本ちょうだい」
2本の指を口元に翳しながら、ダハコを吸う仕草をする。
「ダメです」
「ケチ」
断られてアッサリ身を退く彼に、ほんの少しだけ好奇心が湧いた。
彼は、本当にタバコを吸えるのだろうか。
「今回だけですよ」
「サンキュー」
箱から1本取り出し、ライターで火をつける。 咽るだろうと高を括って見ていたが、予想に反して軽く煙を吐き出していた。
「手馴れていますね」
「何、俺が咽るとでも思ったワケ」
「えぇ」
タバコを吸う仕草は手馴れているものの、美味しくもなさそうに喫煙している。半分も吸わない内に、ポイッと足下に投げ捨て揉み消した。
「美味しくなさそうですね」
「実際、美味くもないだろう」
『だったら、何故吸うのですか』と口にしそうになったが、止めておいた。理由なんて人それぞれだ。代わりにもう1本どうかと目の前に箱を差し出す。
「もういいよ。あんまり吸うとヤニ臭くなるだろう。女の子に嫌われちゃうよ」
大人びた喫煙の様子からは、想像もつかない子供じみた発言。
「それも好きという人もいるでしょう」
「それは、大人の女性だろう。美雪には当て嵌まらない」
七瀬君と進展があったのかと興味は湧いたが、それは胸の内に止めた。
「明智さんも吸えば」
ライターを手渡されたものの、吸う気は起こらなかった。
「俺、そろそろ行くわ。マジで終電に間に合わなくなりそうだから」
「気をつけて帰るんですよ」
「アンタもね」
街の明かりに向かって走る彼を、川岸から涼風が追い駆けて行った。
それから、数日後やはり同じ場所で彼と出会った。
「また、一服?」
「また、バイト帰りですか」
「そう」
「生憎、タバコは持っていません」
「残念」
この間よりも湿った風が、私達の間を通り抜ける。
「家で一服するんですね」
「一人暮らしならね。家で吸ったら一発でバレるって。こういうところで吸うから美味いんだよ」
「さして、美味しくもないと言ったのに」
「気分的問題」
「気晴らしですか」
「というより、非日常を楽しんでいるってとこかな」
「?」
「お調子者で、お馬鹿な金田一くんが学校でスパスパ吸ってみろよ。即停学だぜ。周囲のみんなもイメージ狂うって言うだろうし、日常の俺にタバコは似合わないから吸う時は非日常だと思っているワケ」
「それも、本当のきみでしょう」
「周囲には受け入れられないけどね」
自分を上手にコントロールしているつもりなのだろうか。
どんなに取り繕ったって、必ずボロは出てしまうというのに。
「笑ったな」
「早く、本音を見せられる相手に出会えるといいですね」
「アンタには見せてるじゃん」
「私はきみの中で、非日常の住人なんですか」
「そうなってみる?」
身体が近づき、顔が寄せられる。
「口寂しいのなら、飴でも舐めなさい」
「子供じゃないんだぞ」
「充分、子供です」
「そんな子供にタバコを勧めるなよ」
「あの時、限りです」
「だったら、今もそれでいい」
掠めるような口付けを受ける。
二度三度と軽く口付けられた後、素早く相手が身を翻した。
「悪かったな」
「謝るくらいならしないで下さい」
「ん、分かった」
背を向けたまま殊更明るく返事をするけれど、肩が微かに震えている。
「金田一くん」
名を呼ぶと、殊更大きく肩が揺れた。
「何?」
そのままの姿勢で、弱弱しく返答をする。
「私は、火遊びは嫌いです」
「なんだよ、いきなりタバコのことかよ」
「私をタバコと同列に扱うのなら、火遊びではすまないと言っているんです」
「それって…」
振り向いた顔が、目に一杯の涙を湛えていた。
「本気になってもいい?」
「私こそ本気になってもいいんですか」
彼の中にいる幼馴染の彼女に問いかけるように、そっと呟いた。
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