[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
明智さん宅に、お邪魔する。
以前貰った合鍵で、家主のいない室内に入り込む。
ドアを開けながら、薄暗いリビングの灯りを付けた。
学校帰りの軽い鞄を床に放り投げ、テレビのリモコンを探していると、フト目に付くものがあった。
「ふーん、こんなモン飾っているんだ」
飾り台に載っている、デジタルフォトフレームを手に取り、被写体を眺める。
ソファーに、白い大きなシャツだけを羽織って、座っている人物。片方の足を、顎の下に抱え込むように引き寄せ、反対側はスラリと伸びた足を曝け出している。輪郭に沿うように垂らされている黒髪は、多分、俺と同じくらいの長さだろう。幾分下向きな横顔は小さいけれど、キレイな人だと思う。
顔を横に向けた少女だと分かったが、あの人、こういうの飾る趣味があっただろうか。
どこか遠くを見詰めている視線の先よりも、彼女の横顔とスラリと伸びた素足に、視線が吸い寄せられる。
そこで、新たな事実を見い出した。
この背景。
間違いない。
この部屋の、リビングだ。
しかも、写真の彼女が座っているソファーは、今、目の前にあるモノと一緒だった。
深緑の布張りソファーは、肘掛の木目との調和が取れた色合いが美しく、座り心地も良かった為、俺と明智さんが気に入って、家具屋で3ヶ月前に買ったモノ。
そこに、どうして、この子が座っているんだろう。
頭の中で疑問符が渦巻くが、すぐに脳内は明確な答えを導き出す。
この写真を撮った人物は、俺が良く知る男なのだと。
「只今、戻りました」
玄関を開け、普段はない彼の靴を発見する。私の家に来るというメールを先に貰っていたため、既知していたが、それでも、嬉しさが込み上げる。
弛む口元を手で押さえ、リビングの扉を開け放つ。
そこには、床に敷いたラグへ蹲るように、座っている恋人がいた。心拍数が上昇しだすのを抑えるように、何気なさを装いながら近づく。
手にしている物を見て、先に声をかけた。
「キレイに撮れているでしょう」
私の声に、ビクッと肩を揺らして彼が顔を上げる。その瞳は潤みを帯びており、何事かと慌てて傍に駆け寄り、蹲み込む。
「この人、キレイだね。で、俺たち、もう終わりなの」
グスッと鼻を鳴らして、彼が呟いた。
エリートと呼ばれて、ここまで生きてきたが、何を言われているのか理解できず、身体が固まる。
それとは裏腹に、脳内は目まぐるしく動いていた。
状況を把握すると、恋人は鼻を赤くし、目には涙を溜めて、別れの言葉を口にしている。
私は、自分の撮った写真を、ただキレイだと言っただけなのに、いったい、何故こんな反応が返ってくるのだろうか。
恋人が置かれた状態を想像して、大きく息を吐き出す。なるほどと納得したと共に、この推理は間違っていないという自信もあって、固まっていた身体を解すためにした行動だったのだが、更に彼を追い詰めたようだった。
こちらを見ていた恋人が、悲しげに顔を歪ませる。
右手に持ったままだったフォトフレームを、その手ごと掬い上げて、後ろのボタンを操作する。
「固定画面だったから、分からなかったんですよ。ほらね」
スライドショーにして、写真が切り替わる様を眺める。
画面の少年が、少しずつ顔を上げ、嬉しげに微笑んだ。
「エッ!…、はぁっ!?、おぉぉぉぉお、オレ?、オレなの、コレって、明智さん」
画像を見ながら、彼が大声を上げている。
「そうですよ。この間、私の家で撮ったでしょう」
写真と、こちらの顔を交互に眺めては、慌てふためいている。
この人物が、自分ではない別の誰かだと思っていたのだろうと察しはついたが、こうも驚かれるとは、正直、撮った身としては誇らしく尚且つ、嬉しい気持ちだ。
「何を、ニヤニヤしているんだよ」
「ご理解いただけましたか」
「アイコラとかじゃなく、合成したわけでもないんだよな」
疑り深い。まぁ、それだけ信じがたいと言われれば、それは、それで、こちらの腕を高く評価しているようなものだ。
「もちろん、合成ではありません」
神妙に言う私には見向きもしないで、彼が、写真を食い入るように見詰めている。
「没収」
画像ばかりを見ている彼を独占したくて、フォトフレームを取り上げた。
「ひでぇ、もっと見ていたかったのに」
「実物がいるでしょう。目の前に」
「自分じゃあ、自分は見れないよ」
「そんなに、違って見えましたか。写真の彼と自分が」
「うん。全然、別人。俺、女の子だと思ってた」
喋っている恋人を、ソファーに座るよう促す。
従った彼の横に自分も座り、話を続ける。
「なかなかの自信作だと、自負しています」
「俺、普段あんな表情してないよ」
「でしょうね。あのときは、情事の後で気だるそうでしたから」
そのときのことを思い出したのか、彼が顔を赤くする。プイッと顔を逸らしつつ、やや小さめに言葉を発した。
「なんだよ、俺。自分自身に嫉妬していたのかよ。馬鹿らしい」
照れ臭そうでもあり、気恥ずかしそうな口調や態度に、思わず身体ごと顔を引き寄せた。
顎の下に手をあて、固定させた上で、こちらを向かせる。
「あけち、さん」
語尾が上ずっている。
あぁ、この表情。
これも、ぜひ写真に収めたい。
でも、その前に。
彼のふっくらとした唇を、親指で撫で摩る。少し開いた口に指先を押し突けると、歯列を超えて柔らかな舌が迎え出た。チロリと舐めた後、すぐに奥へと引っ込んでしまう。
それを追うように、親指を深く差し入れると、頬を窄めて吸い上げられる。ぬめりを帯びた舌の柔軟さを、指の腹で堪能してから、ジュッと音を立てて引き抜いた。
「火をつけたのは、キミですからね」
背広を床に落としながら、そう言う私に、写真と同じ笑顔で頷く彼がいた。
≪ attention | | HOME |